【ここからメニュー】

開府の歴史

名古屋のまちづくりは、1610年(慶長15年)の名古屋城築城と清須からの町ぐるみの移転(いわゆる清須越)に始まります。清須は土地が低く木曽川の氾濫や水攻めの恐れがあったため、敵を防ぎ味方を守るにふさわしい地ではなく、多くの兵の駐屯にも適していませんでした。そこで1600年(慶長5年)の関ケ原の戦いに勝利し、天下統一の構想を着々と進めていた徳川家康は、尾張平野の要衝にあり、陸海の連絡の利便性も良いことから、名古屋城の築城と清須からの遷府を正式に決定したとされています。開府以降の名古屋は、モノづくり文化が花開き、商業、工業が栄えるとともに、近世武家文化の薫りも色濃く残る、産業と文化が調和した我が国を代表する大都市として発展・成長を遂げてきました。今日の名古屋のまちの元気は、先人たちの知恵と絶え間ない努力が、400年の時を超えて脈々と受け継がれてきたことによってもたらされたものといえるでしょう。

2010年(平成22年)。名古屋開府400年を祝い、次の100年に向け新たな歴史を開きます。